連邦民主共和国ネパールについて

jp_page_head

ネパール連邦民主共和国(ネパールれんぽうみんしゅきょうわこく)、通称ネパールは、南アジアの連邦民主共和国(2008年に王制廃止)。東、西、南の三方をインドに、北方を中国チベット自治区に接する西北から東南方向に細長い内陸国である。国土は世界最高地点エベレスト(サガルマータ)を含むヒマラヤ山脈および中央部丘陵地帯と、南部のタライ平原から成る。ヒマラヤ登山の玄関口としての役割を果たしている。 つづく。。。。

義援金受付口座閉鎖のお知らせ

4月25日に大地震がネパールを襲ってから七ヶ月が経とうとしています。在日ネパール大使館は、ネパール国を心配して下さり、首相震災支援基金口座に寄附をして下さった日本の皆さまに心より感謝申し上げます。

日本政府は震災直後からネパールに主要かつ多大な救援救助を提供し復興支援にご尽力して下さったのは、ネパールと日本の友好と絆の深さの表れであると思います。そしてまた、企業・個人として大変多くの方がネパール復興に手を差し伸べて下さいました。 つづく。。。。

ネパールの歴史

ネパールの歴史に関する記録・記述はカトマンズ盆地のものが中心になっていて、その記載は紀元前7、8世紀ごろのキラートという種族による統治記録から始まります。彼らの統治は数世紀もの間続いていたと見られており、中でも有名なキラート王ヤランバの名前は、叙事詩マハーバーラタにも見られるほどです。キラート以前は、ゴパールという放牧部族がネパールを統治していたとされていますが、詳しいことは殆どわかっていません。しかし彼らの子孫たちは今でもこのカトマンズ盆地 つづく。。。。

ネパールと日本の関係

ネパールと日本の文化的な繋がりは、日本の禅僧で修業僧の聖職者河口慧海がチベットへ向かう途中にネパールを訪れた1899年にさかのぼる。日本とネパールは、文化、宗教の面で多くの類似性を共有し、心情的にも似通っている。ネパールと日本の伝統的な文化は歴史の地下水脈を通じて密接に繋がり、両国の文化に浸透している。加えてネパールは常に多くの日本人旅行者を惹きつけている。1902年、始めてネパールの学生が海外に派遣され、その留学先として日本に渡ってきたということも注目すべきで つづく。。。。

ネパールの自然

sezennネパールの総面積は147,181平方キロメートルで、国境の東、西、南はインドと、北は中国チベット自治区と接しています。最低標高はジャパ郡のカンチャン・カラン(Kanchan Kalan)で海抜70m、最高標高点は言わずと知れたエベレスト山頂の8,848mです。東西の横幅は800km、南北の縦幅はわずか230kmの国です。 しかしこの狭いベルト状の国の中に広がる地質地形は極めてバラエティーに富んだもので、タライ地方(平野部)の亜熱帯性気候からヒマラヤ高峰帯の高山気候まで、信じられない広範囲の気候が凝縮しています。国土の中心となっているのは山岳地帯や丘陵地帯、その間の渓谷帯や湖、そして南部の平原などで、海を持たない内陸国です。世界に14座しかない8,000mを超える高峰のうち、実に8座 つづく。。。。

ビザ申請の受付時間午前10:00時から12:00時
受領時間 翌々営業日の午後14:00時から16:00時
休館日:土日祝祭日(不定期で休館することがあります)

visit_nepal

臨時代理大使からのメッセージ

Krishna Chandra ARYALOn the auspicious occasion of the New Year 2016, the Embassy of Nepal in Tokyo wishes blissful, meaningful and productive year to all and hopes that the bilateral relations between Nepal and Japan, so happily existing for long time, would further be strengthened and consolidated in coming days. The Embassy of Nepal in Tokyo highly values the cooperation and generosity Read More >>>

ネパールの地形

ネパールの国土は狭く、ごく短い南北の距離の中で、急激に地形が変わります。農業地として最適な沖積帯ガンジス平野部から、ヒマラヤ高峰群のある、土地としてはほとんど使い道のない凍土にまで範囲が及んでいます。この両極端な南北二つの土地の間に丘陵地帯や低山地帯が横たわっており、これらはチュリア山岳帯やマハーバーラタ山地として知られています。またヒマラヤ内陸部には砂漠帯にも似た渓谷が つづく。。。。

ブッダの生誕地ルンビニ

ルンビニはブッダの生誕地であり、世界遺産にも指定されています。ネパールの南西部に位置するこの巡礼地には世界中から信心深い仏教徒が、ブッダ(=目覚めた人)の生誕地である聖園(Sacred Garden)を敬うために集まって来ます。仏教に改宗した偉大な皇帝アショカ王によって建立された石柱は、世界的に有名な史跡です。今日ルンビニは、様々な国際的仏教団体によって建立された多数の美しい寺院、ストゥーパ、僧院などによって活気付いています。つづく。。。。

ネパールで登山

1953年、ネパール人シェルパ、テンジン・ノルゲイ・シェルパとニュージーランド人のエドモンド・ヒラリー卿が初めてエベレストを征服したことにより、世界中の耳目がネパールに注がれることとなりました。それ以来、数えきれないほどの人々がヒマラヤに登るようになり、中でも世界の8000m峰14座のうち8座を有するネパール ヒマラヤには、大きな関心が寄せられています。これら標高8,000m以上のピークのほとんどはアルピニズム黄金時代の 1950年代に征服されていますが、当時は多くの国々がわれ先にと初登頂を競い合ったことから国際問題にまで発展したこともあります。今日では、既にある つづく。。。。